37 posts tagged “おむつなし育児”
12/18(生後515日目)
今日まで2泊3日で友人が泊まりにきてくれて、ベビーシッターだの家事手伝いだのいろいろと助けてくれました。
彼女は仕事のない日を選んで月1回ほど泊まりがけで遊びにきてくれるので、ほーんと助かります。
暖房がない我が家の室温は、昨日今日は10度に届きません。
このところリビングは暖かくても15度くらい、寒い時は7、8度なので人を招くという気持ちにはならないのですが、彼女だけは着膨れしてぶるぶるしながらもにこにこ子どもの相手をしてくれます。
子どももすっかりなついて甘えているし、引っ越しは早くしたいもののこういう貴重な友達と離れるのは寂しい。
みんな一緒につれていけたらいいのになぁ。
引っ越しはあと一歩というところまでいったのに頓挫し、そのまんま。
次は春先から動き始めるつもりです。
最近の雨でない日はほぼ毎日散歩に出かけ、1、2時間歩きます。
夏場は厳しかったけれど、最近は寒いから歩きやすい。
子どもは1歳の誕生日を過ぎたあたりから歩くのが楽しみとなり、真夏の盛りでも1時間歩いてそれにつき合わされる私の方がぐったりということがあったけれど(お互い熱中症も心配)、最近は寒いからちょっと歩けばほかほかしてきて気持ちが良いのです。
私はまだ授乳しているせいで高体温を維持しているのかそれほど寒さが気にならず、まだコートの類いを着用していません。
セーターやパーカー着用で、ちょっと寒いかな・・という状態で出かけると、歩いているうちに暖かくなってきます。
早朝夜間の外出や自転車に乗ることがなく、ベビーカーは持っておらず子どもは抱っこするせいもあるでしょう。
うちの近所で散歩するということは、アスファルトの上を延々と歩くことになります。
子どもの足にも大人の足にもあまり良くないように思いますが、仕方がない。
12.5cmの靴は靴底がはがれ、転んでこすれたのか表面の色が落ち、中敷もめくれて散々な状態です。
これくらいの子の靴はサイズが小さくなって買い替えるものだと思っていたのに、アスファルトのせいで(?)履き潰して買い替えるはめになりました。
なんて短い寿命。
高い靴ではなかったものの安くもなかったので残念ですが、この靴のお陰で足が守られたと思えば良いのかな。
あたらしい靴は、13cmの中でも小さめのものを選んで買いました。歩き始めてから通算で4足目です。
そう言えば2足目の靴も、確か穴があく寸前だったなぁ。
12cmの小さな靴なのにしっかりできており、4000円近くする靴でした。
それと、近所の公園にあるすべり台が大好きになりました。
いつもトコトコ登りにいってはお腹を下にして滑っていたのが、ある日いつものように階段をのぼりきったところで腹這いになろうとしたらついうっかり座った姿勢のまま滑ってしまいました。
そこから楽しくなったのか、13日には連続で21回滑り、翌日もせっせと滑って私はただただつき合わされて寒い思いをするはめに。楽しいことは良いこと、、だけど、さすがに20回も滑ると軽く30分はかかるので、歩くなら暖かくなれるもののすべり台の下で万一のためにキャッチすべく待ち構えるくらいだとめっちゃ寒いんです。
やっぱり毎日はキツい。。
子どもには悪いけど、最近は公園の前を通らず迂回したり、抱っこして足早に通り過ぎたりしています。
おむつなし育児のその後。
最近おまるを使いたがらずトイレに補助便座を置いて用を足すようになったけれど、おまるのように力めず便秘がちになってしまったので心配していました。
しかし問題はあっという間に解決し、本人も便秘がいやだったのか、便意があるときはおまるを選んでちゃんと出すようになりました。
その後すぐに補助便座でも出せるようになり、今はほぼすべて補助便座で排泄できます。
おまるはクマのぬいぐるみにチッチさせたり、親がトイレを占拠している時に使う程度です。
子どもの成長ってあっという間〜というけれど、本当にそう。
お漏らしやダダモレ、あげくの果てには出したもので遊んでしまい部屋がスゴいことになった日ですら懐かしいと感じます。
あの頃はほーんと小さい赤ちゃんだったな〜。
あの赤ちゃんにイライラしていたとは・・私はなんておとなげない親なんだろう。
今は8kgを超え(それでも小さい方だけど)、しっかり歩くしすっかり子どもらしくなりました。
話せることばも少しずつ増え、「○◯を取って来て」「これをパパのところへどうぞしてきて」という簡単なお使いもできるようになり、嬉しくもあり寂しくもあります。
12/7(生後504日目)
最近おまるに乗りたがらず、おしっこをしたいくせにがまんしているので、トイレに誘ってみました。
すると嬉しそうについてきます。
生後すぐに購入した補助便座がいつのまにか丁度良いサイズになっており、座ってもオシリが穴に落ちません。
1歳4ヶ月になりようやくそれらしく使えるようになりました。
この補助便座については以前も書きましたが、何の気なしに買ったにも関わらずなかなかの優れもので、おしりのカーブにぴったりフィットし座り心地が良さそうです。
しかも他の製品にありがちなハンドルや派手な飾りが中央にないため、パンツを足首まで下ろした状態で乗ることができます。
中央に何か飾りがあると、パンツを全部脱がせてからでないと乗せることができず面倒なので、横着な私にとってはこのボッティス補助便座を選んで正解だったと思います。
トイレに連れてくると、端においてあるこの補助便座を指差し嬉々として「おしっこ」のサインを出します。
これを便座に置き、よいしょとおしりを乗せてあげるととても嬉しそう。
大人と同じ姿勢で得意げにおしっこします。
おまるはと言うと・・・そう言えば、最近かいがいしくクマのぬいぐるみの世話をしつつおまるにも乗せて「ちっち」と言ったりサインを出したりしながらおしっこさせていました。
これは以前子どもに私がやってみせた、おまる=おしっこの場所という授業(おまるにぬいぐるみを乗せて、おしっこしてるね、と声をかけること)とはまた違った意味合いで、明らかにクマの世話をしているのです。
クマは「赤ちゃん」。
おまるはこの赤ちゃんのもの。
ひょっとしたらこういう図式が出来上がったのかも知れません。
自分はクマの保護者だから大人の仲間。
だからおまるではなくトイレを使いたい。
そういうこと??
良くわかりませんが、何か思うところがあったのでしょう。
朝イチのおしっこもトイレでないと出してくれません。
1日の中で1番量の多いおしっこだからどこでもいいから早く出したいだろうに、「ナイナイナイ」と首を横に振りながらおまるをかたくなに拒否します。
しかしまだトイレだと上手にいきめないようで、便秘がちになってしまいました。
昨日1回、今日1回は出ているものの、量が少なく心配です。
近頃爆発的に食べるようになり、芋を200gなんてペロリです。昨日はホッケ(魚)を1食で1匹まるまる食べたし、その他に食べたものを考えてもかなりの量になると思います。
毎日沢山食べるから1日にウンチ5、6回おまるでしっかり出していたのに、トイレになってからは出ない。
トイレで上手にウンチもできるようになると良いのですが。
それと、以前パンツを履かせていると脱がずにそのままおまるに座ってしまい、パンツを濡らしてしまうという問題がありましたが今は解決し、パンツを履いている時にはちゃんとお知らせしてくれるようになりました。
これも成長の一環なのでしょうか。
濡らしてしまう時期はパンツを履かせずレッグウォーマーや腹巻きで対応していましたが、冬本番になる前には何とかしたいものだと思っていたところ、案外すんなり解決してしまい逆に拍子抜けです。
今はおまるではなくトイレに行きたがるので尚更安心して見ていられます。
自分では便座に届かないから濡れる心配はありません。
まだ一人でパンツを下ろす、上げるという動作はできませんが、これも焦らずに見守って行こうと思います。
10/28(生後464日目)
おむつなし育児のお茶会、今日も楽しく終了しました。
回を重ねるごとに希望者が増え、場所が狭いこともあり制限が必要となり、申込制にしたところ最近ではキャンセル待ちも出るほどの盛況ぶり。
今日も新たな方の参加がほとんどで、また認知度が高くなってきたなぁという感じです。
うちではおしめを洗う事が無くなってしまいちょっと寂しく感じていますが(←新生児期はあんなに大変がっていたのに!)、今はおしめは食事の時の前掛けとして使ったり、食べこぼしを拭いたりしています。
おしめはタオル地ではなく浴衣の生地なので水分の吸収が早く、また食べこぼしは布にからまずに落としやすく、重宝します。
それに天気が悪くてもすぐに乾き、臭くならない。
これはタオルにありがちですが、合成洗剤ではなく石鹸で洗濯しているせいもありますが、生乾きの時や洗い方が足りない時に臭くなる事があります。
浴衣地にはこの問題がないためとても助かります。
それと、布は赤ちゃんに使った後はおかあさんの生理用ナプキンとして利用するという方法もあるのです。
赤ちゃんのおしめに布を使っているお母さんたちから良く聞くのが「自分が生理用のナプキンでかぶれるから」とか、「布ナプキンを使ってみて、あまりにも快適だったから使い捨ておむつは使えない」という理由です。
その延長で、赤ちゃんのおしめをお母さんのナプキンに、という流れも自然ですよね。
私は経血を溜めておいてトイレで排泄するという方法を自然にやっていて、生理の際にあまりナプキンを使っていませんでしたが、それでもかぶれたことはあります。
2日目は昼間でも夜用をつけないと不安という方もいますが、私は多い日でも普通用のものが3、4枚あれば事足りていました。
その他の日は下りもの用でも大丈夫なくらい。
だから、当時は自分は量が異常に少ないんだと思っていましたが、実はトイレで出すということをしていたのでナプキンを汚す事が少なかったようです。
ここら辺の事は三砂ちづる著「昔の女性はできていた」に詳しく書かれています。
この本を読んだ時、私は知らず知らずこれをやっていたから量が少ないと思ってたんだ!と目からウロコでした。
さて話を戻すと、ナプキンの使用量は少なかったにも関わらずかぶれたという経験があるので、私も他のお母さん同様産まれたばかりの赤ん坊の皮膚に合成ポリマーをあてがうことには抵抗があります。
また、かぶれるからクスリを塗って、油を塗って、というのも何だか違うような気がします。
先進国はどこでもそうでしょうが、プラスプラスプラスで物事が進んでいくことが多いように感じます。
おむつかぶれがあるからクスリを塗る。
風邪を引いたらクスリを飲む。
体重を減らしたいからダイエット用食品を買う。
◯◯は身体に良いとテレビでやっていたから買って食べてみる。
しかし、時にはマイナスの要素を入れた方が良いこともないでしょうか。
おむつかぶれがあるからおむつを取ってしまう。
風邪を引いたから身体を休め、早く寝る。
体重を減らしたいから普段の生活そのものを見直す。
まずテレビを疑う
もうひとつ。
今日のお茶会で、あるお母さんの話がとても印象的でした。
「田舎に行った時おばあちゃんがよくおしめの洗濯をしてくれて助かったので、洗濯ありがとうと声をかけたら『私は何もしてないよ、洗濯機がみーんなやってくれたから』という答えが返って来ました。」
そうそう、昔はみーんな手洗いだったんですよね。
掃除機も洗濯機もなく、お母さんたちは寒くても暑くてもひたすら手仕事で家事をこなしていた。
それを考えると、今は核家族でタイヘンというのはあるにしても、家事は機械が手伝ってくれるのだから昔以上にタイヘンになったということではないように思います。
昔は機械もなく使い捨ておむつもなく、子だくさんで、それでも赤ちゃんをおまるに連れて行ったり1歳過ぎたらおしめを卒業させたりということを当たり前にしていたのでしょう。
「おむつなし育児は忙しいお母さんを更に忙しくする」という見方がありますが、私はそうは思いません。
やりようによっては育児が楽になり、育児の楽しさが倍増することだってあると思います。
とはいえ私は初めての出産育児だし、上の子がちょろちょろしているわけでもなく割とのんびりやっているので、タイヘンタイヘンというお母さんたちが抱える問題を全て理解しているわけではありません。
しかし右も左もわからない初めての子育てが私にとってこんなに充実したものとなったのは、赤ん坊の「食う寝る出す」全てに重点を置いた接し方ができたからだと思っています。
おっぱいを欲しがったら欲しがったときにあげる、眠かったら眠りやすいように環境を作る、排泄したがったらそのときにさせる。
実際おむつ交換よりも、おまるにしてもらった方が処理がラクチンでした。
それと、おむつなし育児をしている方で、「うちの子はせっかくおまるができているのに保育園に入ったらおむつに戻ってしまう」と心配されている方も多いです。
以前にも書きましたが、30年ちょっと前には東京にもおまるを使う保育所がありました。
ねんねの赤ちゃんばかりを預かる保育所です。
今は聞いたことがありませんが、せっかく認知度が上がってきたのだから、おむつなしをしてくれる保育園が出現してくれることを祈っています。
10/26(生後462日目)
今日は久々に仲良しの友達が遊びにきてくれました。
彼女の子どもはうちの子の1ヶ月ちょっと年上です。
産まれたばっかりの時は、わーもうこんなことが出来るの??1ヶ月の差は大きいわー。と感動していたのですが、そろそろ足並みが揃って来ました。
ゼロ歳と1歳では天と地の差、でも99歳と100歳の違いは??というのと同じでしょう。
今日話していた事で面白かったのが、自動車教習で合宿があるように、おむつはずしでも合宿があればいいのにという話。
私たちが赤ん坊の頃は、大抵1歳半から2歳頃にはおむつをはずし、お漏らしし放題の数日間を設けておまるを学習させるのが一般的だったようです。
その頃はまだ今ほど潔癖な風潮(除菌だの抗菌だの)がなかったのか、それとも使い捨ておむつがなかったために元々漏れることに対して抵抗がなかったのか。
今の家は絨毯だとか畳だとか、汚れては困るものが多くてなかなか「ダダモレ」に挑戦するには難しいのです。
うちはたまたまフローリングだったから良かったものの、やはり取り外せない絨毯だったら躊躇すると思います。
それと今の世の中に多い核家族の場合、母親はひとりで複数の子どもの面倒を見たり、一切合切の家事をこなさなければいけません。
そんな中で1週間と言えどもおむつはずしのための「ダダモレ」の面倒を見るのは難しい場合が少なくないでしょう。
「おむつはずし」は「おむつなし育児」とは少々違います。
前者は成長度合いを見計らって短期集中でおまるを覚えてもらう事に対し、後者は年齢制限や始めるのに適した時期などの制約がほとんどなく、また継続して行うのが通常。
先に書いた通り、1歳半を過ぎてからのおまる学習は「おむつはずし」の類いだと思います。
今日の話で出た「おむつはずし合宿」とは、母親が家事や絨毯のシミを気にせずひたすらおむつはずしに没頭できるように、古民家でも合宿所ででも借り切って一定期間ダダモレ大作戦をするのです。
3日で終わる子もいれば1週間かかる子もいるでしょう。(友達の話に依ると、1週間以上になってしまう場合、時期をずらして再挑戦するのが良いそうです。)
ダダモレ期間中、母親たちは雑巾を持って子どもを追いかけることだけに集中します。
合宿=お泊まりだから、母親たちの家事と言ったら雑巾やおしめの洗濯くらい。
おむつなし合宿とはひと味違います。
みなさまどうかしら??
もしうちが古民家だったら、「おむつなし合宿」(1歳半以下)でも「おむつはずし合宿」(1歳半から2歳)でも企画したいなぁ。
さて1年ほど探しているのに未だに見つからない引っ越し先ですが、夫は土間のある家が良いそうです。
今時そんな家、不動産屋に出ているのでしょうか・・・?
10/2(生後438日目)
今日はなぜかトイレのタイミングをずらすことが多く、3回もおちびりしてました。
ちょっと肌寒い日だったから回数も多く、間隔が短かったせいかもしれません。
ぎりぎりになってからおまるにダッシュ、座るのに手間取ってぽたぽた垂れたり、外出時にオシッコサインを出したから即トイレに連れて行ったらパンツに噛ましていた布が湿っていたり。
ちょびっと出てしまっても、まずいと思うのかそこで止め、あとは全部トイレに出してくれるのは助かりますが、通常はサインを出してから15分くらいは我慢できるのにと不思議に思います。
去年も確か、この時期はもうほとんどおねしょがなくなっていたのに、寒くなったらまた出てきていたような気がします。
そう言えば、赤ん坊の排泄記録をつけ始めて1年が経過しました。
1日に何度、またどれくらいの間隔で排泄するんだろうという疑問と、友達が記録をつけたというのに触発されて始めたものです。
お陰で「3分前にオシッコしたのにもう漏らした!」というビックリがなくなりました。
このメモで私の「3分」という曖昧な感覚は正しくなく、実は30分ほども経っていたということがわかり、おまるに連れて行くリズムが整ったのでした。
(メモ3ヶ月間の記録)
さて今日も昨日に引き続き、おむつなし育児をネガティブに捉える感情の分析です。
使い捨ておむつが出始めた頃、粗悪な製品だったせいか「使い捨てを使うと頭が悪くなる」という噂まであったそうです。
何を根拠に???
新しいものが出回る時には概して攻撃されるようです。
若者の考えが判らなくなってくる年頃の人がよく「昔は良かった・・」と言うのは、時代についていけない自分を正当化するための思考方法であるという説がありますが、それが正しいか否かは別として、一理あると思います。
新たな製品、新たな考え方、新たな国、新たな病気、どのようなものであれ新しいものは受け入れにくかったり警戒心を持つことはありますよね。
おむつなし育児は、今の日本にとってはすごく「新しいもの」なのでしょう。特に都心部では。
私の母がしていたというくらいだから実はそれほど昔のものではないのですが(←しかも東京で)、今の核家族の母親世代にとっては目新しいものです。
だから警戒心を抱き、自分の中の常識である「言葉で排泄のタイミングを教えるまではトイレトレーニングをしてはいけない」というものを守ろうとする人が多いのは納得できます。
着物は誰もが知る「昔のもの」。
これがもしファッションとして流行ってきたら、きっと多くの人が「着物かぁ、いいなぁ」と思うのではないでしょうか。
「着物なんて着てアホじゃない??」という反応をする人の方が少ないと思います。
おむつなし育児も新しいものとかトレンドではなくて、昭和時代までは一般的なものとして存在していたのですよ、あなたも私もこの方法で育ったかも〜という情報がもっと広がって欲しいものです。
10/1(生後437日目)
私もたまにはネットで検索することがあります。
今日はおむつなし育児について。(今日もか?)
先日こんなサイトを見つけました。
後者には自宅出産に関しての偏見も気になるところですが・・とりあえずおむつなしに関して。
おむつなし育児を批判する意見が目立ちます。
その中でも「衛生上問題がある」「感染症をおこす」というのはどのようなことなんでしょう。
以前にも書きましたが、私は赤ん坊の排泄物は「汚くない」という認識を持っています。
この場合の「赤ん坊」とは、離乳食が始まる前の母乳(又はミルク)のみを口にしている乳児のことです。
私は母乳育児だったので、赤ん坊の糞尿は「私の母乳(=元は血液)がかたちを変えて出て来たもの」という解釈をしており、触る、観察するのはもとより時にはくんくん嗅いでいた程です。
赤ん坊の状態を、排泄物の色やニオイで判断していた部分がありました。
ほとんど本能的なことだったと思います。
そんな私の不確かな「糞尿の印象」とは関係無く、学問的にはどうなのでしょう?
本当に赤ん坊の排泄物は汚くないの?
私には公衆衛生学の知識が皆無なので、判りません。
どなたかご存知でしたらご教授下さい。
次回三砂ちづるさんにお会いしたら聞いてみたいと思います。
真弓先生にも伺いたい内容です。
しかし、考えてみれば大人は遭難したら尿を飲んで水分の代わりとしたり、消毒液や水がない場合傷口を尿で洗うということをしています。
尿の中にはそりゃ細菌の類いは混入しているでしょうが、「衛生上問題がある」というレベルだったらこれは出来ないことだと思います。
そんな大人の尿と、赤ん坊の、ほとんどにおわない無色透明な尿とどちらがキレイなのでしょうか。
お漏らししたくらいで本当に「衛生上問題あり」なのでしょうか。
こちらも以前書きましたが、私が子どもの頃、おねしょしたら母が不機嫌そうに布団を干していました。
ただ干すだけ。ファブリーズなんてない時代です。
さて、糞の場合。
こちらも赤ん坊のそれは、時間がたたぬうちは汚くないと感じている私ですが、本当のところはどうなんでしょう。
もちろんポリオ等の予防接種を受けたあとの排泄物には十分注意が必要と言うことは認識していますが、通常の場合、例えば手についたからといって殺菌消毒するということまではしませんでした。
おしめが汚れた場合は、もちろん即座に手洗いして干して、だから通常の「石鹸で洗う」以上のことはしていません。
床を汚された場合も同じ。すぐに物体を取り除き、丁寧に水拭き。
日本が先進国となる前はこうしたことが当たり前だったと思います。
一般的なトイレトレーニング(1歳半〜2歳頃?)でも同じようなことが起こると言います。
大概夏に、子どものおしめを外してダダ漏れを数日経験してもらう。
その際、みなさんどのような「衛生上の工夫」をされているのでしょうか?
赤ん坊の糞尿のケアと、身体の大きな子どもの出すものの量はどちらが多いのか、また衛生上の注意がより必要とされるはどちらなのか。
おしめの中にウンチをしてしまった場合、オシリにべったりとついて、女の子の場合お股の中に入り込んでしまうことすらあります。
きちんと取り除けなかった場合や大人がウンチに気がつかずに時間が経ってしまったら、それが原因で膀胱炎になる場合がありますよね。
(実際、私はおむつをしていた頃膀胱炎になっています)
その反面、おしめの外に粗相というかたちでも排泄し、オシリがさらさらである場合とどちらがより「衛生的」でしょうか。
私はどちらも衛生的である、または不衛生だと言えると思います。
前者はおしりは汚くなるけれど、家の中は衛生的。
後者は床は汚れるけれど、おしりはさらさらかぶれ知らずで衛生的。
個人的な意見を言えば、赤ん坊の身体に糞尿が付着しない方法をとってあげたいという気持ちがあります。
生まれたてのきれいな皮膚を守りたいというか、自分が生理の時の不快感(ナプキンによるムレ等)を赤ん坊には経験させたくないというか。
繰り返しになりますが、私には正確な知識がありません。
しかし赤ん坊の糞尿が汚いとか汚くないとか、そういうことは主観であって、比較であって、絶対的なものではないように思います。
自分の唾液は汚くないけれど、他人のそれは気持ち悪い。
客観的に見たら、どれも同じ「唾液」なのに。
ちなみに私は出産するまで赤ん坊と触れたことがほとんどなく、赤ん坊の「よだれ」ですら汚いと思っていました。
だから赤ん坊のものであっても糞尿なんてもってのほか、だったのに、価値観ってコロッと変わるもんですね。
赤ん坊に家を汚されて「衛生上問題がある」とするのも、その家に住む人の「主観」であり、絶対的なものではないのでは。
「衛生上問題があるからうちではやらない」というのは飽くまでもその人のうちであり、全ての人のうちではないはずです。
また、私のように「赤ん坊の身体に糞尿が付着することに違和感を覚える」というかたちの「衛生観念」もあって良いのではと思います。
それと、勘違いされがちなのが、「おむつなし育児」は「常におむつをしない育児」だということ。
違いますよー!
そもそもそんなコアなこと、なかなかできません。
公共物を赤ちゃんの排泄物で汚して良いなんて、誰も思っておりません。
友達の家に遊びに行き、お漏らししても「うちはおむつなし育児をしてるから漏れるの。ごめんね。」なんていう人はまずいませんよ。
大抵の場合外出時はおしめをつけて、家では外す時間もある、またはおしめ+おまるというやりかたです。
おまる率が高くなってきたらおしめを外す時間を増やすという人が多いと思います。
朝から晩までダダ漏れ、それをずーっと掃除し続けることができる人はそうそう居ないでしょう。
おむつなし育児がどのようなものか、まだまだ正しく認知されいないなぁと思うことが多いですが、少しでも偏見が減って試してみようと思う人が増えることを願います。
9/28(生後434日目)
先日子どもの朝一番のおまる(排泄+後片付け)を済ませてから、私だけ洗面所へ。
顔を洗い、髪の毛を整えてから部屋に戻るとちょぴーっとだけ液体が入ったおまるを持って「ハイ!」とこちらへ渡してくれます。
なんじゃ?またチッコしたの?しかもこんなちょぴーっとだけ???と不審に思いながらもトイレに捨てに行くと、床が水浸し!
これはもしや・・・
そうです。
この子はおまるで用を足したあと、中身の入ったおまるをトイレに持って行き、いつも私がしているように便器に捨てようとして床にまき散らしていいたのです。
成功したつもりなのか??にこにこして満足げです。
いくら何でも叱れない。
どころかちょっと嬉しい成長ぶり。
そして朝っぱらから大規模な床掃除となりました。
1歳を過ぎ、こちらが何もせずとも自分からおまるに座りに行き、勝手に用を足してくれるようになり大分楽になりましたが、次の課題も見えて来ました。
まずは自分でパンツを下ろすこと。
(今はおしり丸出しで自由におまるに座れるようにしています。パンツを履かせると、下ろさずそのままおまるに座って濡らしてしまうんです。)
そして、中身が入ったおまるを不用意に移動させないこと!!!
もしくはちゃんとトイレに流すこと、、と言いたいところですが、背が足りなくてぜんぜん届きません。
おむつが外れたと言っても、完全に自立した一連の動作(パンツを下ろし、用を足し、お尻を拭いて後片付けをする)が出来るようになるのはまだまだ先のようです。
本格的に寒くなる前に、せめてパンツを下ろすところまではできるようになると良いのですが。
それにしても、夜の間ためておいたおしっこの量はすごいです。
朝イチでたくさん出したのに、その後15分20分でまたおまるに座っていることも。
2度目も大抵たくさん出ています。
最近どれくらいの量を出しているのか計ることがありますが、今朝は最高記録の225g(6:50)。
その20分後に80g(7:10)。
体重が7.7kgだから、単純に10倍して77kgの男性を思い浮かべると、実に2.25kgものおしっこを出していることになります。
その20分後にまた0.8kg。
自分は一体どれくらいの量を出しているのかなんて皆目見当もつきませんが、さすがに1回で1kgは超えていないと思う・・・
チビッコの膀胱は良く伸びるのかしら。。
9/20(生後426日目)
先日友人の赤ん坊を見に行ってきました。
新生児〜ちっちゃい〜!
なつかしいなぁと思いながら抱っこさせてもらったりニオイをかがせてもらったらり。笑
それと、
ほとんど寝ていたにもかかわらず定期的に泣くようなうなるような時間があるのです。
泣き方が、うちの子が小さかったときと大して変わらない。
あー、これはうんちだな。
と思っておしめを勝手に剥き、赤ん坊の身体を起こして「うんちしようね〜」と声をかけるとうんうんうなりながら出してくれました。
オシッコも然り。
これで、赤ん坊にはやはり共通点はあるということがよくわかりました。
この子は生まれてからずっと布おしめを使っています。
オシッコうんちをしたい時には「この布を取ってくれ」
と訴えて泣くのです。
出したあとに、「替えてくれ」と要求しているわけではないのです。
使い捨ておむつを使っている場合は判りませんが、この時期なら同じなのかな。
このままこの感覚、いわゆる「
自分の排泄物をからだにつけたくない」本能(と言われているもの)を維持できたら、最初からおしめに排泄することを学習させなければ、きっとスムーズにおまるを覚えてくれるのでしょう。
忙しかったり核家族だったりでなかなか赤ん坊に手をかけていられないかもしれませんが、せっかく「おしめの外で排泄したい」と訴えている赤ん坊がいるのだから、応えてあげられたらいいなぁ。
「もう子どもが大きくなってしまったけれど、この方法を知っていたらやってたのに!」という人は少なくはありません。
「おむつなし育児」という言葉はトヨタ財団の研究チームが作った言葉のようですが、以前の日本や今でも多くの国々では当たり前にやっていることです。
特別な名称すらないほど当たり前だったやりかたなのです。
先日フィリピンで生まれ、5歳まで暮らしていたという方とお話しする機会がありましたが、フィリピンではいまでもおしめを使わずに子どもを育てているそうです。
新生児であってもおしめは使わず、母親が排泄のケアをし、早い子で1歳、遅くても2歳にはひとりでおまるを使えるようになるというお話を伺いました。
これを「すごい」ととるのか「貧しいから使い捨ておむつを買えずに大変」ととるのか、「そんなことできるはずがない」「私には無理」、、、先進国と呼ばれる国々の母親たちにはさまざまな思いがあるでしょうが、ひとつ言えるのは、赤ちゃんの能力には国籍のような違いがないということ。
それを活かしきれていないのが先進国であるように思います。
病気予防にワクチン、栄養豊富で衛生管理が徹底されており、病院が完備されて乳幼児の死亡率は極めて低い。
しかし、雑菌を怖がって何でも消毒消毒で過ごしていたら抵抗力が育たないのでは?という見方もありますし、ちょっとした不調ですぐ病院、クスリ、という生活をして不調の根本的な解決方法を探らなければあまり質の良い生活にはならないような気がします。
10年ほど前私が初めてタイやカンボジアを訪れた際、バックパッカーで1泊3ドルの宿に泊まり歩いてヒッチハイクで移動、陸路で国境を越え、屋台で3日1ドル程度の食事を摂り・・
というようなことをしていたら、教科書通りにおなかを壊し、悪化し、最終的には現地で入院するはめに。
東南アジアの屋台は、川の水で食器を洗い、客に出しているところがあります。
時に川には排泄物すら流れています。
都心部はいざ知らず、田舎の方の屋台は私のような観光客はほとんどおらず、現地の人々でにぎわっていました。
私だけがおなかを壊したのかなぁ。
それとも清潔大好きニッポン国から行ったために、抵抗力が弱かったのか。
見たかった遺跡は一通り見たし、
面白いことを経験出来て良かった〜くらいにしか思いませんでしたが、同じ食事を食べて同じような生活をしている現地の人たちは何で毎日元気なんだろう??と不思議に思った記憶があります。
現地では弱い子は大きくなる前に淘汰され、あるいは(大人の)肝炎の羅漢率が非常に高い(けど元気)という話もあります。
某アメリカ人は、アジア(日本)に来るとおなかを壊すと言います。
以前にも書きましたが、うちの実家は食器洗いの時に油物以外には洗剤を使いません。
例えばご飯茶碗には油はつかないので、水でうるかしてからゆすぐだけ。
だからそれが常識だと思っていたら、某アメリカ人は、油だろうがそうでなかろうが洗剤で洗って熱湯消毒しないと食中毒の原因になると本気で思っています。
しかし、それが本当だったらうちの家族は今頃全滅してますよ?
余談ですが私がカナダに住んでいた頃、遊びに行った友人の家のママさんが食器を大量の泡で手洗いしていました。
その後水切りかごに乗せるのですが、食器ひとつひとつの裏にはこんもりと泡が残っていました。
ばい菌とはサヨナラしたいけど、化学物質と仲良しするのには抵抗がないようです。
前置きが長くなりましたが、つまり、日本に住む私にとっては東南アジアの衛生状況だと弱ってしまい、日本より清潔大国であるアメリカから来た人たち(もちろん全ての米国人とは言いませんが)は日本の衛生状況だとちと足りないということなのかもしれません。
日本は概してアメリカに倣っているので、いずれは同じような状況になるのかな。
以前お会いしたお母さんは帝王切開で出産し、
その後は手から乳首から消毒消毒で過ごしていたと話してくれました。
詳細は判りかねますが、果たして「衛生」「不衛生」の境は何なんでしょうね。
いくら消毒しても皮膚の上を滅菌できるわけではないし、大きな企業がばい菌ウヨウヨ映像を消費者に見せることでオカネもうけしようとしてるような気がしたり、衛生=病気にならないは本当なのか?と疑問を覚えたり、東南アジア諸国と日本とアメリカその他の国々の「衛生の常識」を垣間みることによって覚える疑問は尽きません。
衛生状況の改善や先進医療と呼ばれるものの恩恵で、先進国の乳幼児をはじめとする多くの人々の死亡率は格段に下がったという事実は否めません。
しかし、果たしてそれで健康な人の割合は増えたのか?となるとそうでもないような気がするのは私だけではないはず。
ちょっと調子悪いとか風邪引いたくらいで病院やクスリに頼り、徹夜の仕事やカップラーメンで食事を済ませることをやめない人は不調の根本的な解決方法を選択したとは言えませんよね。
(↑これは以前の私です。反省。)
そうではなく、どういう生活をしたら今の状況が改善されるのか、自然治癒力を使えるようなからだになるのか、もっと生物的な感覚でつき詰めていったら解決が早いように思います。
子どもが湿疹で真弓先生にお世話になった時の、先生の言葉を思い出します。
「ステロイドはもともと自分のからだから分泌されるものなんですよ。
それを出せなくなっていることが問題であって、湿疹そのものはどうでもよいんです。
なぜステロイドを分泌できなくなっているのか、というところを治さなくてはいけないのです。」
みんなが衛生や医療に頼りすぎない方法を模索することによって、今のように医療費が国家予算を圧迫するようなこともなくなるんじゃないのかな。
成人病なんて、ひとむかし前は老人の病として捉えられており名前も無かったと言います。
ところが今は「小児成人病」という奇妙な名称まで出てきているそうです。
回りくどくいろいろ書いてしまいましたが、つまりおむつなし育児も、嬰児の生物的な感覚を消さぬように見守っていきましょうという意味合いがあるのだと思います。
赤ちゃん時期はほーんと短いです。
親を頼る以外に生きるすべを知らないその本当に短い間、「おなかがすいたのかな」とか「トイレに行きたいのかな」とこちらの感覚を研ぎすまして接することで、非常に濃密な時間を過ごすことができるのだと思います。
その結果として赤ん坊の感覚や身体能力(例えば膀胱と脳をしっかりつなげて尿意をコントロールする、トイレまで我慢する筋肉をつくる等)も自然と維持され、いつのまにかおしめがはずれているという結果につながるのではないでしょうか。
8/11(生後387日目)
週末は自然育児友の会主催、おむつなし育児合宿へ参加してきました。
どうやらおむつなし育児の研究も進み、講演会の全国行脚やら本の出版、DVDの企画等いろいろと出てきて、また認知度が高くなってきたようです。
合宿(神奈川)にはいつものお茶会メンバーがチラホラ、その他大阪を始め遠方から来られている家族や3人の子連れのお母さん、夫婦での参加、おばあちゃん連れ、妊婦さん、さまざまな方々が総勢40名、その他子どもや赤ちゃんが30名、スタッフの方々を入れると100人近い??大所帯でした。
泊まった施設は廃校になった小学校。
トイレやシャワー室、食堂を改造したくらいで教室はそのまんま。
私の部屋は元図書館。
夜はあの、誰しも見覚えのある木の床にみんなで畳を敷いて寝たのでした。
校庭はそのまんま残っており、合宿に来た子どもたちが楽しそうに遊び、一見休み時間のよう。
うちの子はスッパダカに靴だけ履いて遊んでおり、奇妙でした。
合宿の初日は日帰り組を含めておむつなし育児の講演会。
またまたクリスティンさん(「おむつなし育児」の著書)と和田さん(同書の訳者)が熱弁を振るっていました。
内容は先日の国分寺のものとほぼ同じでしたが、ひとつ驚きが。
クリスティンさんの最初と2番目のお子さんには「おまるイヤイヤ期」がなかったんですって!!
これはかなりビックリしました。
もちろんない子もいるとは思うけど、我が子のイヤイヤ期がすごかったため、おむつなし育児をしているほとんどの子に同様のイヤイヤ期が到来するものだと思っていました。
クリスティンさんが今現在育てている子ども3人のうち2人というと66%、すごい確率です。
(3番目の子にはイヤイヤ期があったそうです)
うちには何度イヤイヤ期が訪れたことだろう・・
数えきれない・・・
実はうちでも先月新手のイヤイヤ期が到来していて、どう対処したら良いものかと工夫していたのでした。
そして、ふとした思いつきでやってみたことにかなりの効果があり、イヤイヤ期が去って行くのと同時におしめも外れてしまいました。
今月に入った頃かな?
今はサインを使って尿意や便意を上手に教えてくれ、粗相はほとんどありません。
以前は私が時間をみて、また顔色を見ておまるに座らせることが多かったのに(しかもイヤイヤ期の時はそこで暴れる、漏らす)、今では自らおまるを探し、持って来て、座っておしっこしてくれることすらあります。
まだ自分でパンツを脱げないので、履いたままおまるに座って濡らしてしまう粗相はありますが、大抵はこちらに教えてくれるので私が脱がし、おまるに座らせます。裸の時は、おまるに乗せるだけ。
ようやくここまで来たか〜
という心境。
単なるトイレトレーニングなら、以前から書いているように知恵のついてくる1歳半とか2歳台で数日頑張れば、おしめはすぐに外れるでしょう。
私は2歳半頃におしめが外れたそうです。
母は、3、4日かけておしめを外したと言っていました。
3、4日だけなんて、ほぼ1年やってる私に比べたらラクチン〜
しかしおしめは布100%だったため、2年半も洗い続けるのはかなり大変だったろうと思います。
新生児でさえ1日40枚以上洗っていた最初の1ヶ月、私たちもホント大変だった。
そもそも私がおむつなし育児を始めようと思ったきっかけは、このおしめ洗いから解放されたかったから。
おまるを使わず、布おしめだけで育てるのは大変な労力が必要です。
おむつなし育児はもっともっと広まって欲しいです。
平均的な家庭で使い捨ておむつを使うと、おむつが外れるまでのおむつ代は30万円、ゴミの量は2tだと言われています。
布だと・・と比べるデータがありませんが、私が使ったおしめ代は1万円もかかっていません。中古だし。
お財布と環境と赤ちゃんにやさしい布おしめ、ぜひともみんなに使って欲しい。
しかし洗うのが大変だから、ぜひともおむつなし育児と組み合わせて欲しいです。
おむつなし育児は早い時期のおむつ外しが目的ではなく、コミュニケーションを最大の目的としているとも言われています。
私もその通りだと思う。
赤ん坊の「食う、寝る、出す」の本能的な基本の欲求を理解し、満たしてやれることは母親にとっては大きな喜びです。
生まれて間もない赤ん坊はまだ動物的な本能が強く、排泄物で自分を汚したくないのだそうです。
事実、赤ん坊が泣いているのでおしめをはずしたところ濡れておらず、あれ?と思ったところでジョーッと出てきたという話はよく聞きます。それが本来あるべき姿で、おしめを外して自分の身体を汚さないように排泄したいのだそうです。
それが、おしめを四六時中つけ、その中へ排泄することを学習してしまうと、「この泣く→おしめを外す→ジョー」という現象は無くなっていくのだそうです。
そうは言ってもうちの赤ん坊は、1歳近くなるまでおしめが濡れていても平気で遊んでいました。
個人差はあるでしょう。
しかし、確かに新生児期にはうちにも「外すとショーっ」というのがあったので納得はできる。
その「あるべき本能」を利用してのおむつなし育児だったらかなり早い時期にはじめられるし、コミュニケーションを取る良い機会にもなりますね。
赤ちゃん連れの方だけでなく、出産を控えている方にも興味を持って欲しい話題です。
さてかなり脱線しましたが、合宿に話を戻します。
初日のメインはクリスティンさんと和田さんの講演会、そして翌日は3つのグループに分かれてのワークショップが開かれました。
おむつなし育児について、おっぱいの話、おむつなし育児を越えてからの育児について。
当初は後者2つのみの予定でしたが、直前になっておむつなし育児も加えることとなり、私ともうひと方が担当していつものお茶会のような形式で進めることとなりました。
みんな、ちゃんと情報交換できたかしら。
参加者のみなさん、主催者側の方々、お世話してくれた地元のお母さんたち、お疲れさまでした。
お陰でたくさん楽しめました。
7/22(生後366日目)
昨日、赤ちゃん無事に1歳となりました。
陣痛と戦ったあの日からもう1年かぁ〜
早いなぁ。
ふにゃふにゃの宇宙人はいまいづこ、ここにいるこの小さい人はどこからきたの?
17日は真弓先生のお茶会でした。
そこで赤ちゃん妙に身体が熱いな、と思い、帰宅後に計ると39.5度。さすがにちょっとだけ機嫌が悪い。
それでも遊び回ってたから大したこと無いな、と思い、その日はシャワーで汗を流して寝かしつけました。
翌日はちょっと下がって39度、翌々日は38.5度と段々下がり、20日はぐっしょり寝汗をかいて起床、36.7度。
下がりすぎてちょっと心配。誕生日である21日は37.3度の平熱に戻りました。
発熱している間は「痛い」というサインをよく出しており、右耳を押さえていたので耳が痛かったようです。
ただ、「痛い」というサインを出した時に「どこが痛いの?」と聞くと私の方を指差したり、外を指差したりするので、「どこ」の概念をもっと早くに教えてあげればよかったと思いました。
発熱は金曜日、その後連休に入り、連休明けの火曜日にようやく真弓先生のところへ行き診察を受けにいきました。
すると、「もう治ってるね」とのこと。
耳も、痛かったのは確かだろうけど、診察したところ何ともないから自分で治したのでしょうとの診たてでした。
真弓先生は、とにかく「熱、鼻水、くしゃみ、咳、下痢の症状では医者に来るな」と繰り返し言います。
ただ、「機嫌、元気、快食、快眠、快便」が妨げられるようなら受診しなさいとも言います。
今回はやや機嫌が悪かったのと、耳を押さえて困った顔をしていたので受診しましたが、子どもはこういうことを繰り返して免疫力を高めていったり身体の防衛装置を構築していったりするのでしょうね。
発熱は正常な反応であり、「病気」の類いではないとの捉え方もあります。
誕生日の日は朝イチの受診と、その後は葛西臨海公園です。
あいにくの雨でしたが赤ちゃんはおおはしゃぎ、大興奮でした。
電車の中では寝て、ついたらはしゃいで走り回り、水槽から水槽まできゃっきゃ言いながら移動します。
ようやくメインのマグロ水槽の前に来たところで、バッテリー切れで昏睡。
オメメが覚めたのはペンギンの前でした。
ここでもまた興奮。
基本的に魚と鳥によく反応し、散歩中でもめざとく見つけてサインを出すので水族館はもってこいなのです。
魚しかいないのではなく、水の中を飛ぶように泳いで魚を捕る鳥やペンギンがいるので赤ちゃんはとても嬉しそうです。
魚、鳥、と忙しくサインを出します。
帰りはまたぐったりとよく眠り、帰宅後に母乳プリンにろうそくを立てて食べ、機嫌良く誕生日を
この日は赤ん坊に負けず私も夫もグッタリでしたが、心地よい疲れというか、幸せな一日を過ごせた満ちたりた疲れで、南方の魚のきらきらした美しい鱗を思い出しながら眠りにつきました。
そして1歳と1日がたち、今日はおむつなし育児のお茶会です。
朝からまた雨でしたが、今日は沢山の方々が来て下さり情報交換やら世間話やら、いろいろとお話できました。
来月はおむつなし育児の1泊合宿もあります。
おむつなしはだんだんと認知度が上がって来たようだし、合宿はさぞかし盛り上がるんだろうなぁ。