10/30(生後466日目)
昨夜子どもを寝かしつけたのが20時。
その後1時間弱で半べそかいて起きる。
あれれ??と思いながらも抱っこし、肩に頭を乗せるかたちにして再度寝かしつけに挑戦。
その直後、ヘンなゲップをしたかと思うとびちゃっという音が。。
まさか・・・!!
振り返ると白い水たまりが目に入り、間髪入れずに背後からまたゲップの音とともにびちゃっと水音が。。。
生暖かい・・・そしてくちゃい・・・(TへT)
いやいや、一番辛いのは子どもですね。
への字を作ってドロドロになっている子どもに大丈夫、大丈夫と声をかけながら風呂場へ行き、寝間着を脱がせ、洗う。
ついでに自分の服も脱ぎ、子どもの寝間着と一緒に風呂場へ放置してひとまず居間へ戻る。
着替えをさせ、私も軽くはおって再びあやす。
子どもはふぇーふぇーと妙な声を出しています。
ソファーにおくと泣くので、スリングに入れて寝かしつける。
しばらくすると、また生暖かいゲップ。
すかさず流し台につれていき、今回は私の服と床の被害を抑えられました。
しかし子どもの寝間着はまたドロドロになり、再度脱がせる。
しばらくこれの繰り返しかな、と思い、上半身は脱がせたまま再びスリングに収納。
案の定その後も2度吐き戻しました。
私は自分の食事の最中でしたがその後食事に戻れず、かといって子どもを抱っこして次の砲撃に備え(怯え??)つつ、床の掃除や汚れ物の洗濯はできません。
うーん・・このゲロまみれの部屋と服、どうしよう。。
今日はどこで寝たら良いのか。。
まだ吐くんだろうか。。
いろいろ不安はありましたが、日付が変わった頃に夫が帰宅。
疲れているだろうに、ぜーんぶ掃除して洗濯してくれました。
これには感謝!
赤ん坊と、ゲロガードのためのバスタオルを抱えて布団に入ったのは1時過ぎ。
朝5時6時に起きているのでもはや失神寸前でした。
夜中にゲロってたら起きられるのかな私・・と一抹の不安はありましたが、夜中は何事もなく、平和に休息を取ることができました。
そんな子どもは今朝は5時半に起きて元気一杯。
いつも通り朝のおしっこを済ませると遊び始めそうな状態に。
私はさすがに起きていられる自信が無かったため、赤ん坊を無理矢理布団に戻して一緒に二度寝。
1時間ちょっと寝てから起きました。
その後は普通のうんち、おしっこをし、下痢でないことを確認してひとまず安心。
検温したところ、熱はなくこれまたひと安心。
今日は出かける用事があったのですが、この調子なら大丈夫だなと判断し、朝から夫と3人で出発。
治ってよかったね〜、もうすっかり元気だね。と言いながら楽しく移動。
しかーし!!
目的地につくと、おまるにこんもりと下す。
朝一番のは大丈夫だったけど、やっぱりお腹も下していたのね。。
それにしても、よくもまぁ我慢できていたこと。
そして、全て出し切った後は元気に遊んでいます。
こちらはこちらの用事を済ませつつ時間は過ぎ、子どもはちょっと眠くなってきました。
昨日は大変だったし、ちょっと寝るのかなと思っていたら、なんとまたもや大バクハツ!!
今度は夫の被害が甚大です。
幸い理解ある人たちの集まりで、しかも晴れていたのでシャツを洗ってもすぐに乾いてくれましたが、ほーんとビックリしました。
こんなに吐き続ける原因はなんでしょう??
食あたりのようにしか見えませんが、私も全く同じものを食べています。
しかし何にも反応していません。
チビッコの方が敏感なんでしょうか。
いろいろあったものの用事は滞りなく済み、帰路へ。
電車に乗ってしばらくするとぐずりはじめ、なにやら文句を言っています。
何だ??また吐くのか??
と、やや身構えながらも帰宅。
すると、またおまるに座って下していました。。
やはり食あたりか・・
夕方も発熱はありません。
夜は吐かず、たっぷりと母乳を飲んで熟睡しています。
お陰で私がフラフラですが、卒乳していなくて良かったなぁとつくづく思います。
これで私のお乳が出ない状態だったら、水も飲みたがらないので病院で点滴の必要性が出てくるのではないでしょうか。
チビッコだから血管が細く液が入りにくいだろうし、嫌がるだろうし、却って体力を消耗しストレスを与えてしまいそう。
先月は40度以上の発熱でこれまたビックリしましたが、このときも水は受け付けず、母乳を飲み続けていました。
卒乳、断乳は1歳過ぎでと言われていますが、うちではもうしばらく続けたいと思います。
本人がやめるまでとか時期を区切ってとか、いろいろと方法はあるのでしょうが、こういうことがあると子どもにとっての母乳はまだまだ生命線のように思えてなりません。
卒乳や断乳は、もう少し身体がしっかりしてからでも遅くはないのではという気がします。
さて、これを読んだブルジョワジーなお母様方には
「子どもがゲロってんのに何で受診させないの??」
と批判されてしまいそうですが、主治医の真弓先生のところへは、下痢や嘔吐ごときで受診するとむしろ怒られてしまいます。
真弓先生は、「下痢や発熱、嘔吐の類いでは受診の必要はありません。身体から毒を出す当たり前の反応だから、それを止めてはいけません。しかし付随する症状に『機嫌、元気、快食、快便、快眠』を妨げるようなものがあればすぐに受診しなさい。」とおっしゃいます。
今回の症状はまさにこれ。やたら吐くし下すけれど、いつも通り元気いっぱい。夜中に吐いても、ぐずることなくしっかり寝てる。(←大人にはマネできない・・)
このチェック項目はかなり有用で、多少のことがあっても子どもは案外平気なんだと、落ち着いて見守ることができるようになりました。
10/28(生後464日目)
おむつなし育児のお茶会、今日も無事に終了しました。
回を重ねるごとに希望者が増え、場所が狭いこともあり制限が必要となり、申込制にしたところ最近ではキャンセル待ちも出るほどの盛況ぶり。
今日も新たな方の参加がほとんどで、また認知度が高くなってきたなぁという感じです。
うちではおしめを洗う事が無くなってしまいちょっと寂しく感じていますが(←新生児期はあんなに大変がっていたのに!)、今はおしめは食事の時の前掛けとして使ったり、食べこぼしを拭いたりしています。
おしめはタオル地ではなく浴衣の生地なので水分の吸収が早く、また食べこぼしは布にからまずに落としやすく、重宝します。
それに天気が悪くてもすぐに乾き、臭くならない。
これはタオルにありがちですが、合成洗剤ではなく石鹸で洗濯しているせいもありますが、生乾きの時や洗い方が足りない時に臭くなる事があります。
浴衣地にはこの問題がないためとても助かります。
それと、布は赤ちゃんに使った後はおかあさんの生理用ナプキンとして利用するという方法もあるのです。
赤ちゃんのおしめに布を使っているお母さんたちから良く聞くのが「自分が生理用のナプキンでかぶれるから」とか、「布ナプキンを使ってみて、あまりにも快適だったから使い捨ておむつは使えない」という理由です。
その延長で、赤ちゃんのおしめをお母さんのナプキンに、という流れも自然ですよね。
私は経血を溜めておいてトイレで排泄するという方法を自然にやっていて、生理の際にあまりナプキンを使っていませんでしたが、それでもかぶれたことはあります。
2日目は昼間でも夜用をつけないと不安という方もいますが、私は多い日でも普通用のものが3、4枚あれば事足りていました。
その他の日は下りもの用でも大丈夫なくらい。
だから、当時は自分は量が異常に少ないんだと思っていましたが、実はトイレで出すということをしていたのでナプキンを汚す事が少なかったようです。
ここら辺の事は三砂ちづる著「昔の女性はできていた」に詳しく書かれています。
この本を読んだ時、私は知らず知らずこれをやっていたから量が少ないと思ってたんだ!と目からウロコでした。
さて話を戻すと、ナプキンの使用量は少なかったにも関わらずかぶれたという経験があるので、私も他のお母さん同様産まれたばかりの赤ん坊の皮膚に合成ポリマーをあてがうことには抵抗があります。
また、かぶれるからクスリを塗って、油を塗って、というのも何だか違うような気がします。
先進国はどこでもそうでしょうが、プラスプラスプラスで物事が進んでいくことが多いように感じます。
おむつかぶれがあるからクスリを塗る。
風邪を引いたらクスリを飲む。
体重を減らしたいからダイエット用食品を買う。
◯◯は身体に良いとテレビでやっていたから買って食べてみる。
しかし、時にはマイナスの要素を入れた方が良いこともないでしょうか。
おむつかぶれがあるからおむつを取ってしまう。
風邪を引いたから身体を休め、早く寝る。
体重を減らしたいから普段の生活そのものを見直す。
まずテレビを疑う
もうひとつ。
今日のお茶会で、あるお母さんの話がとても印象的でした。
「田舎に行った時おばあちゃんがよくおしめの洗濯をしてくれて助かったので、洗濯ありがとうと声をかけたら『私は何もしてないよ、洗濯機がみーんなやってくれたから』という答えが返って来ました。」
そうそう、昔はみーんな手洗いだったんですよね。
掃除機も洗濯機もなく、お母さんたちは寒くても暑くてもひたすら手仕事で家事をこなしていた。
それを考えると、今は核家族でタイヘンというのはあるにしても、家事は機械が手伝ってくれるのだから昔以上にタイヘンになったということではないように思います。
昔は機械もなく使い捨ておむつもなく、子だくさんで、それでも赤ちゃんをおまるに連れて行ったり1歳過ぎたらおしめを卒業させたりということを当たり前にしていたのでしょう。
「おむつなし育児は忙しいお母さんを更に忙しくする」という見方がありますが、私はそうは思いません。
やりようによっては育児が楽になり、育児の楽しさが倍増することだってあると思います。
とはいえ私は初めての出産育児だし、上の子がちょろちょろしているわけでもなく割とのんびりやっているので、タイヘンタイヘンというお母さんたちが抱える問題を全て理解しているわけではありません。
しかし右も左もわからない初めての子育てが私にとってこんなに充実したものとなったのは、赤ん坊の「食う寝る出す」全てに重点を置いた接し方ができたからだと思っています。
おっぱいを欲しがったら欲しがったときにあげる、眠かったら眠りやすいように環境を作る、排泄したがったらそのときにさせる。
実際おむつ交換よりも、おまるにしてもらった方が処理がラクチンでした。
それと、おむつなし育児をしている方で、「うちの子はせっかくおまるができているのに保育園に入ったらおむつに戻ってしまう」と心配されている方も多いです。
以前にも書きましたが、30年ちょっと前には東京にもおまるを使う保育所がありました。
ねんねの赤ちゃんばかりを預かる保育所です。
今は聞いたことがありませんが、せっかく認知度が上がってきたのだから、おむつなしをしてくれる保育園が出現してくれることを祈っています。
10/26(生後462日目)
今日は久々に仲良しの友達が遊びにきてくれました。
彼女の子どもはうちの子の1ヶ月ちょっと年上です。
産まれたばっかりの時は、わーもうこんなことが出来るの??1ヶ月の差は大きいわー。と感動していたのですが、そろそろ足並みが揃って来ました。
ゼロ歳と1歳では天と地の差、でも99歳と100歳の違いは??というのと同じでしょう。
今日話していた事で面白かったのが、自動車教習で合宿があるように、おむつはずしでも合宿があればいいのにという話。
私たちが赤ん坊の頃は、大抵1歳半から2歳頃にはおむつをはずし、お漏らしし放題の数日間を設けておまるを学習させるのが一般的だったようです。
その頃はまだ今ほど潔癖な風潮(除菌だの抗菌だの)がなかったのか、それとも使い捨ておむつがなかったために元々漏れることに対して抵抗がなかったのか。
今の家は絨毯だとか畳だとか、汚れては困るものが多くてなかなか「ダダモレ」に挑戦するには難しいのです。
うちはたまたまフローリングだったから良かったものの、やはり取り外せない絨毯だったら躊躇すると思います。
それと今の世の中に多い核家族の場合、母親はひとりで複数の子どもの面倒を見たり、一切合切の家事をこなさなければいけません。
そんな中で1週間と言えどもおむつはずしのための「ダダモレ」の面倒を見るのは難しい場合が少なくないでしょう。
「おむつはずし」は「おむつなし育児」とは少々違います。
前者は成長度合いを見計らって短期集中でおまるを覚えてもらう事に対し、後者は年齢制限や始めるのに適した時期などの制約がほとんどなく、また継続して行うのが通常。
先に書いた通り、1歳半を過ぎてからのおまる学習は「おむつはずし」の類いだと思います。
今日の話で出た「おむつはずし合宿」とは、母親が家事や絨毯のシミを気にせずひたすらおむつはずしに没頭できるように、古民家でも合宿所ででも借り切って一定期間ダダモレ大作戦をするのです。
3日で終わる子もいれば1週間かかる子もいるでしょう。(友達の話に依ると、1週間以上になってしまう場合、時期をずらして再挑戦するのが良いそうです。)
ダダモレ期間中、母親たちは雑巾を持って子どもを追いかけることだけに集中します。
合宿=お泊まりだから、母親たちの家事と言ったら雑巾やおしめの洗濯くらい。
おむつなし合宿とはひと味違います。
みなさまどうかしら??
もしうちが古民家だったら、「おむつなし合宿」(1歳半以下)でも「おむつはずし合宿」(1歳半から2歳)でも企画したいなぁ。
さて1年ほど探しているのに未だに見つからない引っ越し先ですが、夫は土間のある家が良いそうです。
今時そんな家、不動産屋に出ているのでしょうか・・・?
10/10(生後446日目)
数日間続いていた子どもの発熱は、今日になってようやく収束に向かい、平熱に戻りました。
一時は40度を超えていたので心配しましたが、意外にあっさり回復しています。
今日は近所に用事があり、出かけた先でノラネズミを発見。
珍しい!と思って観察していると、近くにいた人が「目が開いてないから赤ちゃんだ〜」と言っていました。
その人は、更に近くに母親らしきネズミの死体も発見。
きっと親が死んでお腹がへっているんだろうねとおいう見解でした。
歩道に出てうろうろしているので、潰されないように足でつんつんして裏路地へ戻るように促し、その場を去りました。
そして家で留守番している夫へメール。
孤児コネズミがいたよと伝えました。
その後、別の用事を済ませて30ほどしてから帰宅。
家の中にいるはずの夫と子どもがおりません。
そこへ夫から電話があり、出てみると「玄関に来て」と。
???
なんじゃろ?と思いつつも出てみると、片手に子ども、片手にコネズミを抱えた夫が立っている!!!
驚愕!!!!
私でさえ、ネズミは病気を媒介するからノラをひろってきてはいかんと思い放置してきたのに!!!!
夫曰く、かわいそうでいてもたってもいられなかったそうです・・・・
(もちろんシャツにくるんで持っていました。)
乳児の孤児ネズミはミルク飲みだから、私のお乳あげてみる?
と聞いたところ、ヒトの母乳は消化できないからネコ用のミルクでないといけないとのお答え。
なんでそんなに詳しいの???と聞くと、子どもの頃にも生まれたての孤児ネズミを拾って来て育てたことがあるそうです。
そして、いそいそとペットショップにでかけてネコ用ミルクを買い求め、お湯に溶き、嬉々として与えています。
しかも、ちゃんと2時間置きに。
まるでネズミのお母さんです。
(もちろん素手では触っていません。)
ネズミがどんな病気を媒介するのか、私は詳しくないので夫に任せますが、平日はどうしたらよかろうか・・
ううむ・・・
しかし、一旦保護してしまったものを「捨てて来い」とも言えず。。
今後我が家では「拾って来ちゃダメでしょ!もといたところへ戻して来なさい!!」というお決まりの叱咤は使えそうにありません。
子どもが大きくなったら一体どんなものを拾ってくるのでしょうか。
この親にしてこの子、という状態になるのは目に見えています。
そもそも顔がソックリだし・・
今現在、ノラネズミは玄関先におかれた漬物容器の中に鎮座しています。
しかも、寒かろうとウサギのヒーターまで設置。
夫は張り切って夜中も授乳するそうで、2時間置きに鳴るように目覚ましまでかけています。
彼がこんなムツゴロウさんのような人だとは、結婚して4年半にして初めて気がつきました。
10/2(生後438日目)
今日はなぜかトイレのタイミングをずらすことが多く、3回もおちびりしてました。
ちょっと肌寒い日だったから回数も多く、間隔が短かったせいかもしれません。
ぎりぎりになってからおまるにダッシュ、座るのに手間取ってぽたぽた垂れたり、外出時にオシッコサインを出したから即トイレに連れて行ったらパンツに噛ましていた布が湿っていたり。
ちょびっと出てしまっても、まずいと思うのかそこで止め、あとは全部トイレに出してくれるのは助かりますが、通常はサインを出してから15分くらいは我慢できるのにと不思議に思います。
去年も確か、この時期はもうほとんどおねしょがなくなっていたのに、寒くなったらまた出てきていたような気がします。
そう言えば、赤ん坊の排泄記録をつけ始めて1年が経過しました。
1日に何度、またどれくらいの間隔で排泄するんだろうという疑問と、友達が記録をつけたというのに触発されて始めたものです。
お陰で「3分前にオシッコしたのにもう漏らした!」というビックリがなくなりました。
このメモで私の「3分」という曖昧な感覚は正しくなく、実は30分ほども経っていたということがわかり、おまるに連れて行くリズムが整ったのでした。
(メモ3ヶ月間の記録)
さて今日も昨日に引き続き、おむつなし育児をネガティブに捉える感情の分析です。
使い捨ておむつが出始めた頃、粗悪な製品だったせいか「使い捨てを使うと頭が悪くなる」という噂まであったそうです。
何を根拠に???
新しいものが出回る時には概して攻撃されるようです。
若者の考えが判らなくなってくる年頃の人がよく「昔は良かった・・」と言うのは、時代についていけない自分を正当化するための思考方法であるという説がありますが、それが正しいか否かは別として、一理あると思います。
新たな製品、新たな考え方、新たな国、新たな病気、どのようなものであれ新しいものは受け入れにくかったり警戒心を持つことはありますよね。
おむつなし育児は、今の日本にとってはすごく「新しいもの」なのでしょう。特に都心部では。
私の母がしていたというくらいだから実はそれほど昔のものではないのですが(←しかも東京で)、今の核家族の母親世代にとっては目新しいものです。
だから警戒心を抱き、自分の中の常識である「言葉で排泄のタイミングを教えるまではトイレトレーニングをしてはいけない」というものを守ろうとする人が多いのは納得できます。
着物は誰もが知る「昔のもの」。
これがもしファッションとして流行ってきたら、きっと多くの人が「着物かぁ、いいなぁ」と思うのではないでしょうか。
「着物なんて着てアホじゃない??」という反応をする人の方が少ないと思います。
おむつなし育児も新しいものとかトレンドではなくて、昭和時代までは一般的なものとして存在していたのですよ、あなたも私もこの方法で育ったかも〜という情報がもっと広がって欲しいものです。
10/1(生後437日目)
私もたまにはネットで検索することがあります。
今日はおむつなし育児について。(今日もか?)
先日こんなサイトを見つけました。
後者には自宅出産に関しての偏見も気になるところですが・・とりあえずおむつなしに関して。
おむつなし育児を批判する意見が目立ちます。
その中でも「衛生上問題がある」「感染症をおこす」というのはどのようなことなんでしょう。
以前にも書きましたが、私は赤ん坊の排泄物は「汚くない」という認識を持っています。
この場合の「赤ん坊」とは、離乳食が始まる前の母乳(又はミルク)のみを口にしている乳児のことです。
私は母乳育児だったので、赤ん坊の糞尿は「私の母乳(=元は血液)がかたちを変えて出て来たもの」という解釈をしており、触る、観察するのはもとより時にはくんくん嗅いでいた程です。
赤ん坊の状態を、排泄物の色やニオイで判断していた部分がありました。
ほとんど本能的なことだったと思います。
そんな私の不確かな「糞尿の印象」とは関係無く、学問的にはどうなのでしょう?
本当に赤ん坊の排泄物は汚くないの?
私には公衆衛生学の知識が皆無なので、判りません。
どなたかご存知でしたらご教授下さい。
次回三砂ちづるさんにお会いしたら聞いてみたいと思います。
真弓先生にも伺いたい内容です。
しかし、考えてみれば大人は遭難したら尿を飲んで水分の代わりとしたり、消毒液や水がない場合傷口を尿で洗うということをしています。
尿の中にはそりゃ細菌の類いは混入しているでしょうが、「衛生上問題がある」というレベルだったらこれは出来ないことだと思います。
そんな大人の尿と、赤ん坊の、ほとんどにおわない無色透明な尿とどちらがキレイなのでしょうか。
お漏らししたくらいで本当に「衛生上問題あり」なのでしょうか。
こちらも以前書きましたが、私が子どもの頃、おねしょしたら母が不機嫌そうに布団を干していました。
ただ干すだけ。ファブリーズなんてない時代です。
さて、糞の場合。
こちらも赤ん坊のそれは、時間がたたぬうちは汚くないと感じている私ですが、本当のところはどうなんでしょう。
もちろんポリオ等の予防接種を受けたあとの排泄物には十分注意が必要と言うことは認識していますが、通常の場合、例えば手についたからといって殺菌消毒するということまではしませんでした。
おしめが汚れた場合は、もちろん即座に手洗いして干して、だから通常の「石鹸で洗う」以上のことはしていません。
床を汚された場合も同じ。すぐに物体を取り除き、丁寧に水拭き。
日本が先進国となる前はこうしたことが当たり前だったと思います。
一般的なトイレトレーニング(1歳半〜2歳頃?)でも同じようなことが起こると言います。
大概夏に、子どものおしめを外してダダ漏れを数日経験してもらう。
その際、みなさんどのような「衛生上の工夫」をされているのでしょうか?
赤ん坊の糞尿のケアと、身体の大きな子どもの出すものの量はどちらが多いのか、また衛生上の注意がより必要とされるはどちらなのか。
おしめの中にウンチをしてしまった場合、オシリにべったりとついて、女の子の場合お股の中に入り込んでしまうことすらあります。
きちんと取り除けなかった場合や大人がウンチに気がつかずに時間が経ってしまったら、それが原因で膀胱炎になる場合がありますよね。
(実際、私はおむつをしていた頃膀胱炎になっています)
その反面、おしめの外に粗相というかたちでも排泄し、オシリがさらさらである場合とどちらがより「衛生的」でしょうか。
私はどちらも衛生的である、または不衛生だと言えると思います。
前者はおしりは汚くなるけれど、家の中は衛生的。
後者は床は汚れるけれど、おしりはさらさらかぶれ知らずで衛生的。
個人的な意見を言えば、赤ん坊の身体に糞尿が付着しない方法をとってあげたいという気持ちがあります。
生まれたてのきれいな皮膚を守りたいというか、自分が生理の時の不快感(ナプキンによるムレ等)を赤ん坊には経験させたくないというか。
繰り返しになりますが、私には正確な知識がありません。
しかし赤ん坊の糞尿が汚いとか汚くないとか、そういうことは主観であって、比較であって、絶対的なものではないように思います。
自分の唾液は汚くないけれど、他人のそれは気持ち悪い。
客観的に見たら、どれも同じ「唾液」なのに。
ちなみに私は出産するまで赤ん坊と触れたことがほとんどなく、赤ん坊の「よだれ」ですら汚いと思っていました。
だから赤ん坊のものであっても糞尿なんてもってのほか、だったのに、価値観ってコロッと変わるもんですね。
赤ん坊に家を汚されて「衛生上問題がある」とするのも、その家に住む人の「主観」であり、絶対的なものではないのでは。
「衛生上問題があるからうちではやらない」というのは飽くまでもその人のうちであり、全ての人のうちではないはずです。
また、私のように「赤ん坊の身体に糞尿が付着することに違和感を覚える」というかたちの「衛生観念」もあって良いのではと思います。
それと、勘違いされがちなのが、「おむつなし育児」は「常におむつをしない育児」だということ。
違いますよー!
そもそもそんなコアなこと、なかなかできません。
公共物を赤ちゃんの排泄物で汚して良いなんて、誰も思っておりません。
友達の家に遊びに行き、お漏らししても「うちはおむつなし育児をしてるから漏れるの。ごめんね。」なんていう人はまずいませんよ。
大抵の場合外出時はおしめをつけて、家では外す時間もある、またはおしめ+おまるというやりかたです。
おまる率が高くなってきたらおしめを外す時間を増やすという人が多いと思います。
朝から晩までダダ漏れ、それをずーっと掃除し続けることができる人はそうそう居ないでしょう。
おむつなし育児がどのようなものか、まだまだ正しく認知されいないなぁと思うことが多いですが、少しでも偏見が減って試してみようと思う人が増えることを願います。
9/28(生後434日目)
先日子どもの朝一番のおまる(排泄+後片付け)を済ませてから、私だけ洗面所へ。
顔を洗い、髪の毛を整えてから部屋に戻るとちょぴーっとだけ液体が入ったおまるを持って「ハイ!」とこちらへ渡してくれます。
なんじゃ?またチッコしたの?しかもこんなちょぴーっとだけ???と不審に思いながらもトイレに捨てに行くと、床が水浸し!
これはもしや・・・
そうです。
この子はおまるで用を足したあと、中身の入ったおまるをトイレに持って行き、いつも私がしているように便器に捨てようとして床にまき散らしていいたのです。
成功したつもりなのか??にこにこして満足げです。
いくら何でも叱れない。
どころかちょっと嬉しい成長ぶり。
そして朝っぱらから大規模な床掃除となりました。
1歳を過ぎ、こちらが何もせずとも自分からおまるに座りに行き、勝手に用を足してくれるようになり大分楽になりましたが、次の課題も見えて来ました。
まずは自分でパンツを下ろすこと。
(今はおしり丸出しで自由におまるに座れるようにしています。パンツを履かせると、下ろさずそのままおまるに座って濡らしてしまうんです。)
そして、中身が入ったおまるを不用意に移動させないこと!!!
もしくはちゃんとトイレに流すこと、、と言いたいところですが、背が足りなくてぜんぜん届きません。
おむつが外れたと言っても、完全に自立した一連の動作(パンツを下ろし、用を足し、お尻を拭いて後片付けをする)が出来るようになるのはまだまだ先のようです。
本格的に寒くなる前に、せめてパンツを下ろすところまではできるようになると良いのですが。
それにしても、夜の間ためておいたおしっこの量はすごいです。
朝イチでたくさん出したのに、その後15分20分でまたおまるに座っていることも。
2度目も大抵たくさん出ています。
最近どれくらいの量を出しているのか計ることがありますが、今朝は最高記録の225g(6:50)。
その20分後に80g(7:10)。
体重が7.7kgだから、単純に10倍して77kgの男性を思い浮かべると、実に2.25kgものおしっこを出していることになります。
その20分後にまた0.8kg。
自分は一体どれくらいの量を出しているのかなんて皆目見当もつきませんが、さすがに1回で1kgは超えていないと思う・・・
チビッコの膀胱は良く伸びるのかしら。。
9/20(生後426日目)
先日友人の赤ん坊を見に行ってきました。
新生児〜ちっちゃい〜!
なつかしいなぁと思いながら抱っこさせてもらったりニオイをかがせてもらったらり。笑
それと、
ほとんど寝ていたにもかかわらず定期的に泣くようなうなるような時間があるのです。
泣き方が、うちの子が小さかったときと大して変わらない。
あー、これはうんちだな。
と思っておしめを勝手に剥き、赤ん坊の身体を起こして「うんちしようね〜」と声をかけるとうんうんうなりながら出してくれました。
オシッコも然り。
これで、赤ん坊にはやはり共通点はあるということがよくわかりました。
この子は生まれてからずっと布おしめを使っています。
オシッコうんちをしたい時には「この布を取ってくれ」
と訴えて泣くのです。
出したあとに、「替えてくれ」と要求しているわけではないのです。
使い捨ておむつを使っている場合は判りませんが、この時期なら同じなのかな。
このままこの感覚、いわゆる「
自分の排泄物をからだにつけたくない」本能(と言われているもの)を維持できたら、最初からおしめに排泄することを学習させなければ、きっとスムーズにおまるを覚えてくれるのでしょう。
忙しかったり核家族だったりでなかなか赤ん坊に手をかけていられないかもしれませんが、せっかく「おしめの外で排泄したい」と訴えている赤ん坊がいるのだから、応えてあげられたらいいなぁ。
「もう子どもが大きくなってしまったけれど、この方法を知っていたらやってたのに!」という人は少なくはありません。
「おむつなし育児」という言葉はトヨタ財団の研究チームが作った言葉のようですが、以前の日本や今でも多くの国々では当たり前にやっていることです。
特別な名称すらないほど当たり前だったやりかたなのです。
先日フィリピンで生まれ、5歳まで暮らしていたという方とお話しする機会がありましたが、フィリピンではいまでもおしめを使わずに子どもを育てているそうです。
新生児であってもおしめは使わず、母親が排泄のケアをし、早い子で1歳、遅くても2歳にはひとりでおまるを使えるようになるというお話を伺いました。
これを「すごい」ととるのか「貧しいから使い捨ておむつを買えずに大変」ととるのか、「そんなことできるはずがない」「私には無理」、、、先進国と呼ばれる国々の母親たちにはさまざまな思いがあるでしょうが、ひとつ言えるのは、赤ちゃんの能力には国籍のような違いがないということ。
それを活かしきれていないのが先進国であるように思います。
病気予防にワクチン、栄養豊富で衛生管理が徹底されており、病院が完備されて乳幼児の死亡率は極めて低い。
しかし、雑菌を怖がって何でも消毒消毒で過ごしていたら抵抗力が育たないのでは?という見方もありますし、ちょっとした不調ですぐ病院、クスリ、という生活をして不調の根本的な解決方法を探らなければあまり質の良い生活にはならないような気がします。
10年ほど前私が初めてタイやカンボジアを訪れた際、バックパッカーで1泊3ドルの宿に泊まり歩いてヒッチハイクで移動、陸路で国境を越え、屋台で3日1ドル程度の食事を摂り・・
というようなことをしていたら、教科書通りにおなかを壊し、悪化し、最終的には現地で入院するはめに。
東南アジアの屋台は、川の水で食器を洗い、客に出しているところがあります。
時に川には排泄物すら流れています。
都心部はいざ知らず、田舎の方の屋台は私のような観光客はほとんどおらず、現地の人々でにぎわっていました。
私だけがおなかを壊したのかなぁ。
それとも清潔大好きニッポン国から行ったために、抵抗力が弱かったのか。
見たかった遺跡は一通り見たし、
面白いことを経験出来て良かった〜くらいにしか思いませんでしたが、同じ食事を食べて同じような生活をしている現地の人たちは何で毎日元気なんだろう??と不思議に思った記憶があります。
現地では弱い子は大きくなる前に淘汰され、あるいは(大人の)肝炎の羅漢率が非常に高い(けど元気)という話もあります。
某アメリカ人は、アジア(日本)に来るとおなかを壊すと言います。
以前にも書きましたが、うちの実家は食器洗いの時に油物以外には洗剤を使いません。
例えばご飯茶碗には油はつかないので、水でうるかしてからゆすぐだけ。
だからそれが常識だと思っていたら、某アメリカ人は、油だろうがそうでなかろうが洗剤で洗って熱湯消毒しないと食中毒の原因になると本気で思っています。
しかし、それが本当だったらうちの家族は今頃全滅してますよ?
余談ですが私がカナダに住んでいた頃、遊びに行った友人の家のママさんが食器を大量の泡で手洗いしていました。
その後水切りかごに乗せるのですが、食器ひとつひとつの裏にはこんもりと泡が残っていました。
ばい菌とはサヨナラしたいけど、化学物質と仲良しするのには抵抗がないようです。
前置きが長くなりましたが、つまり、日本に住む私にとっては東南アジアの衛生状況だと弱ってしまい、日本より清潔大国であるアメリカから来た人たち(もちろん全ての米国人とは言いませんが)は日本の衛生状況だとちと足りないということなのかもしれません。
日本は概してアメリカに倣っているので、いずれは同じような状況になるのかな。
以前お会いしたお母さんは帝王切開で出産し、
その後は手から乳首から消毒消毒で過ごしていたと話してくれました。
詳細は判りかねますが、果たして「衛生」「不衛生」の境は何なんでしょうね。
いくら消毒しても皮膚の上を滅菌できるわけではないし、大きな企業がばい菌ウヨウヨ映像を消費者に見せることでオカネもうけしようとしてるような気がしたり、衛生=病気にならないは本当なのか?と疑問を覚えたり、東南アジア諸国と日本とアメリカその他の国々の「衛生の常識」を垣間みることによって覚える疑問は尽きません。
衛生状況の改善や先進医療と呼ばれるものの恩恵で、先進国の乳幼児をはじめとする多くの人々の死亡率は格段に下がったという事実は否めません。
しかし、果たしてそれで健康な人の割合は増えたのか?となるとそうでもないような気がするのは私だけではないはず。
ちょっと調子悪いとか風邪引いたくらいで病院やクスリに頼り、徹夜の仕事やカップラーメンで食事を済ませることをやめない人は不調の根本的な解決方法を選択したとは言えませんよね。
(↑これは以前の私です。反省。)
そうではなく、どういう生活をしたら今の状況が改善されるのか、自然治癒力を使えるようなからだになるのか、もっと生物的な感覚でつき詰めていったら解決が早いように思います。
子どもが湿疹で真弓先生にお世話になった時の、先生の言葉を思い出します。
「ステロイドはもともと自分のからだから分泌されるものなんですよ。
それを出せなくなっていることが問題であって、湿疹そのものはどうでもよいんです。
なぜステロイドを分泌できなくなっているのか、というところを治さなくてはいけないのです。」
みんなが衛生や医療に頼りすぎない方法を模索することによって、今のように医療費が国家予算を圧迫するようなこともなくなるんじゃないのかな。
成人病なんて、ひとむかし前は老人の病として捉えられており名前も無かったと言います。
ところが今は「小児成人病」という奇妙な名称まで出てきているそうです。
回りくどくいろいろ書いてしまいましたが、つまりおむつなし育児も、嬰児の生物的な感覚を消さぬように見守っていきましょうという意味合いがあるのだと思います。
赤ちゃん時期はほーんと短いです。
親を頼る以外に生きるすべを知らないその本当に短い間、「おなかがすいたのかな」とか「トイレに行きたいのかな」とこちらの感覚を研ぎすまして接することで、非常に濃密な時間を過ごすことができるのだと思います。
その結果として赤ん坊の感覚や身体能力(例えば膀胱と脳をしっかりつなげて尿意をコントロールする、トイレまで我慢する筋肉をつくる等)も自然と維持され、いつのまにかおしめがはずれているという結果につながるのではないでしょうか。
J君も首凝りから頭痛、肩こり、はてには肩... read more
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